ナニワおやじの逆さ海月♨

17歳:シンシア

 朝日新聞の週末増刊、be on Satuurdyに、戦争の隣で育った少女 南沙織「17歳」という記事があった。洗礼を受けたクリスチャンネームがシンシアらしい。天地真理、小柳ルミ子と一緒に3人姉妹と言われていて、その当時のブラウン管をオンタイムには見て来たが、沖縄といっても復帰の前で、日本海しか知らない少年には沖縄の海は復帰前で情報もなく想像はできなかったし、宜野湾、普天間基地の辺りということも知る訳もなかった。
 お母さんが奄美出身で12歳で奉公に出た苦労人らしいが、「アメリカ世(ゆー)では英語が大事」が持論で姉弟をすべて学費の高いインターナショナルスクールに通わせたらしい。ベトナム戦争の出撃基地になり、治安と通学のために基地ゲートの3か所に引っ越した。母が再婚したフィリピン人の父は基地で働いていて、当時琉球人が羨望の目で眺めたフェンスの向こうの豊かな生活が身近で、売店や映画館に出入りする身分証明証もシンシアは持っていたようだ。
 琉球放送で週1回5ドルのバイト料で出演していて、写真を見たCBSソニーに呼ばれ本土へ。本土復帰は翌年の話だから、、渡航証明証が必要だったらしい。7年活動して引退から、32年。有名写真家の妻として何不自由の生活を送っているのに取材に応じた理由ははっきりしていた。「言いたいことはひとつです。沖縄の海を守って欲しい。基地はなくすべきですが、代わりに海を埋め立てたら取り返しがつかない」と。(記事より引用)
  1. 2010/07/17(土) 16:49:08|
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